過去の薀蓄 その二


「羅生門」or「羅城門」?
 今回は2002年の新春神楽発表大会で初披露した「羅城門」からです。
 「羅城門」は他の神楽団では、一般的に「羅生門」と言います(一部例外として原田神楽団のように「戻り橋」という場合もありますが)。内容的にはほとんど他の団と変わりません。少々変わっている所と言えば、他の団では前段の「戻橋」で行われる、茨木童子の左の腕が切り取られるシーンがあることと、陰陽師である安倍晴明が登場することでしょうか? そう言えば、茨木童子が腕を切り取られたことを童子に報告するシーンも他の団にはありませんね。
 さて、なぜ宮乃木神楽団は「羅生門」でなく、「羅城門」というタイトルにしたのでしょうか?その答えはいたって簡単です。実在の門の名前が「羅城門」だからです。
 「羅生門」というのは皆さんもご存じの通り、芥川竜之介の小説や黒澤明の映画でも知られていますが、元々平安京の入口に立っていた門は「羅城門」と書いて、「らしょうもん」と呼ばれていました。いつしか「城」の字が「生」の字に代わって今に至っているわけです。だから、実際を言えば「羅生門」でも、「羅城門」でもどちらでもいいのです。この辺りは宮乃木のこだわりです。
 しかしながら、台本的には広島の台本によらず、石見の台本を参考にして作りました。なぜなら、広島の台本には史実に反する重大な欠陥があるからです。
 「羅生門」と書くのは上の理由からもいいとします。ただ、神の口上を聞いていると、「都羅生門戻橋辺りに夜な夜な怪物現れ……」と言っています。上でも述べたように羅生門は都の入口、つまり一番南にあります。一方戻橋は「一条戻橋」というぐらいですから、一番北にあります(都を東西に貫く道は、北から一条、二条という風に数えます)。
 ですから、羅生門と戻橋は全然近くにはありません。もしどちらも見回ろうとすれば、かなりな時間がかかってしまいます。これが大きな間違いです。どちらも鬼伝説があるので、わからないでもないですが。
 宮乃木の台本ではそのような間違いはしていないはずですので、安心してご覧下さい。

綱:汝は夜な夜な羅城門辺りにおいて災いをなしたる者なるか。
茨木:いかにも。


天孫降臨について
 今回は新演目の「天孫降臨」からです。
 この「天孫降臨」という演目は、石見神楽の「八衢」という演目をベースにして作られました。ただ、ベースとしているものの「八衢」とはかなり違った印象を受けるでしょう。
 話の筋としては天孫が中津国へ天下る途中天の八衢に猿田彦という神がおり、降臨の先払いをするというものです。では、違う点は何かと挙げれば次の3点が挙げられます。
 まず、天孫である瓊瓊芸命(ニニギノミコト)が登場するということです。ニニギは天照大神の孫で、初めは父の天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)が天下るはずでしたが、ニニギが生まれたため、ニニギが下ることになりました。
 二つ目は悪神が登場するということです。もともと「八衢」は猿田彦と宇津女命の二人しか登場しない地味な舞です。派手な演目にするという理由ではありませんが、猿田彦が天孫の行く手を妨げるもろもろの邪神を打ち払うという意味から悪神を登場させたのです。
 最後の点は、猿田彦の顔の色です。普通石見神楽の猿田彦は赤い顔をした場合が多いように思えます。しかし、宮乃木の猿田彦は少し濃い肌色です。これは猿田彦という神は天狗とは違い、猿田彦という独立した神なので、天狗のような赤い顔はしていないという意味でそういう色の面を特注しました。
 このように石見神楽の「八衢」とは異なる点もたくさんありますが、一見の価値ありです。今年はかなり力を入れる演目なので、どこがでご覧になる機会もあるでしょう。





100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!